AQUA その3 wind_rin

いつの時代も、人は同じことを思い続けるのかもしれない。


「生きるっちゅーことはな、そういうもんなんだ」
古代エジプト人の記録の中にも「最近の若い人たちは…」というような内容が書かれているらしい。
いくら科学技術が進歩しても、人が人でありつづけるからには、根本的なところは変わらないんだろう。
もし、それが無くなってしまえば、人から何かに代わってしまった存在なのかもしれない。
それは進化と呼んでいいのかはわからない。

やー、まともに読みたくなる作品だと、何か印象に残る言葉だったりセリフだったりがあるもんですよね。
「人々はアクアを通じて距離を縮めた。でも、本当は遠くなったように思える……人と人の、心の距離は」
アクアを、文字、言葉、あるいは、電話とかインターネットとかに置き換えても、時代背景が変わるだけで全く同じ内容になる。

アクアの技術が元になっているだけで、病気や事故に置き換えると、全く代わり映えのしないシナリオですが、奇跡的に復元できたとか、その後勉強して、保管されていたデータを元にもう一度やり直しました的なendにするよりは、この終わり方はスッキリしていていい。
ただ、調子が悪描写はあるが、何で突然消えないといけないのか理由がさっぱりわからん。
お涙頂戴前提のシナリオと勘ぐってしまう。理由づけがほしかった。


何年前か忘れたけど、ロビンウィリアムズ主演の映画で、アンドリューNDR114を観たのを思い出した。
家事手伝として生産されたロボットの1個体が、なぜか芸術的なセンスを持っていることがわかり、購入した主人の好意を受けてどんどん人間らしくなっていく。
最後には完全な人間になるために、さまざまな改造を繰り返し人権を獲得して老衰で死ぬ(機能停止とか故障とは言えない)までを描いた作品。
凛という、人間として生まれながら、そのデータを元に生産された疑似人格(コピーを元にしているとはいえ)とその体は、果して人と言えるのか?
クローンで生まれた人間は人なのか?
肉体の何パーセント、または何を人工器官に置き換えたら人でなくなるのか?
そう考えると、体の構造は人としての必須事項ではないんじゃないかと。
すると、心や思想の問題になってきて余計ややこしくなる。
人って一体なんなんでしょう。
本作の趣旨とずれた話になってかなり過激な事を言っているのかもしれない。

まぁそんな事を少し考えさせられるくらいには面白いと感じるルートでしたまる
AQUA -SORAHANE ソラハネ- 『AQUA-アクア-』はじめました。「命」と「絆」の近未来学園ヒューマンビジュアルノベル

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